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            バーを出たクラウドは、相変わらず灯りも持たず、ある場所を目指していた。






            領主の城のある切り立った高台を左手に逸れ、少し傾斜を下ると、鬱蒼とした樹海が視界を
            遮るように広がっている。

            昼間の陽光ですら中まで届かない、覆い繁った常緑樹の海原は、中に踏み込めば二度と
            出られないといわれる、「冥府の門」の異名を持つ魔の森である。
            その樹海の向こう側には、隣村スクルドとの間を隔てるなだらかな山。



            樹海の手前に来たところで、クラウドはカンテラと火打ち石を引っ張り出した。
            その場にしゃがみ込んで、石を打ちつけること数回。…やや、回数が多いようだが。

            ようやく付け木からカンテラに火を移すと、クラウドは溜息をつきながら立ち上がる。



            「…カイエみたいに簡単に火が起こせればな…」

            ぼやきながら、クラウドは慣れた足取りで、その樹海の中へ入っていく。





            20mくらい入り込むと、猫の額ほど拓けた場所に出た。
            ──既に土台しか残っていない、教会跡である。


            誰が何のために、こんな場所に造ったのか。そして、何故ここまで激しく破壊されたのか。
            知りたくもないし、知る由もないのだが、この廃墟が教会と分かったのは、風化しかかった
            瓦礫の中に、聖母像があったからだ。



            その、かつて教会だったモノの裏手に当たる場所には、同じように古びた墓石が、ひび割れ、
            朽ちかけながらも尚、その場に立ち尽くしていた。
            暖かくなれば、下萌えの若草が再び、それらを淡く覆い隠すだろう。
            

            クラウドは、その中の一角に立ち止まった。
            彼が視線を落とした先には、目印のように置かれた踏み石が一つ。


            
            その踏み石を囲んで1m四方ほど綺麗に整地され、その周囲も踏みならされていた。




            クラウドは、カンテラを踏み石の上に置き、外套の下に背負っていたソードを剣帯ごと外して
            その横に並べるように横たえると、そのままそこに座り込む。

            クラウドの口から呟きが零れた。

            「…俺はまだ、あなたの足元にも及ばないよ……カイエ」



            ──そこは、10年前、カイエを埋葬した場所であった。



            墓標はおろか、名を刻むことすら許されず、まるで打ち捨てるように、墓守すらいない廃墟に
            密葬されたカイエ。





                                *
                                *
                                *



            「カイエの事は一切口にしないこと。 彼の事を聞かれたら、『他の修道院に出向している』と
            伝えなさい」




            アンジール副士長から当時下された『 緘口令』は、小さなクラウドにとって、「なぜ?」と疑問を
            呈する不可解なものであったが、元来、無口なクラウドにはさして難しいことではなかった。
            もとより、従う他なかったのだ。

            しかし、それから4年後、アンジールに、カイエの眠る場所として、ここに連れて来られたときは、
            彼に、思い切り憤りをぶつけて、泣いた。


            「なんで、こんな処に…っ? あんまりじゃないかっ! カイエが可哀想だ!」


            
            数年分の鬱積を晴らすように、アンジールの胸を叩いて泣きすがるクラウドを、彼はただ黙って
            受け止めた。




            「…すまない」

            絞り出すように言葉を紡ぐアンジール。



            「俺じゃなくて、カイエに…謝ってよ…っ」

            アンジールが辛くないはずがないのだ。
            彼とカイエは、冗談を言い合えるくらいに打ち解けていたのだから。
            それこそ、クラウドが二人を見てヤキモチを焼くくらいに。



            何故、カイエの死を伏せ、さも生きているように見せかける必要があるのか。
            今は察することができる。
            魔道士の中で、最強と言われていたカイエの存在は、何にも増して重要だったはずなのだ。
            ──奴らを抑えるために。


            「………吸血鬼の…せいでしょ? カイエ殺したのも──」

            嗚咽を堪えながら、クラウドは呟く。


            アンジールは一瞬、驚いたように目を見開き、溜息を付いた。
            「やっぱり、知っていたのか…」

            「強くなるから──! 俺、強くなって、カイエの仇をとるから! そしたら、ちゃんと弔ってあげられる
            よね?  …このまま、カイエが忘れられていくのは嫌だ」




            頬を涙で強張らせて歯を食いしばり、必死に言い募るクラウド。
            カイエも聞いているだろうか。愛し子の誓いを。

            クラウドの華奢な肩を、アンジールは観念したように──祈るように抱き締めた。

            「ありがとう───クラウド」





                                *
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            あれから6年。──クラウドが置いた踏み石も、廃墟も、あの時と変わらぬまま。
            まるでそこだけ、時が止まっているかのようだ。

            「…ごめんね、カイエ。 早く綺麗な場所に移してあげたいのに…」

            今もなお、カイエの死は伏せられている。
            恐らく、既に公然の秘密となっているのだろうが───









            キィッ! キィキィ!!


            不意に、頭上から鳴き声が降って来た。コウモリの声だ。


            「 !! 」
            完全に失念していたクラウドが、我に返ってその場を飛び退くのと、大きな影が覆い被さるように
            落ち掛かってくるのと、ほぼ同時だった。
            カンテラがぐしゃりと踏み潰され、周囲が闇に沈んだ。


                                                  
            紙一重で飛び退きながら置いていたソードを抜き、その影に向かって構える。

            クラウドの全身が総毛立つ。影から放たれる、半端ない殺気。

            (こんな殺気の塊が近づいてたのに、俺は気付かなかったのか!?)
            クラウドは自分の迂闊さに歯噛みした。




            「クソがっ!! 良いところを邪魔しやがって!!」
            野太い罵声と共に、大きな影が、コウモリに向かって雷撃を放つ。

            まともに食らったコウモリは、ギッと短い悲鳴を上げて、瓦礫の中に落ちていった。



            その雷撃の青い光が、一瞬ではあったが、影の正体を晒した。




            「…貴様は、さっきバーにいた奴だな」

            「おうよ。個人的にゆ〜っくりオハナシしたくてねぇ」




            雷撃を使えるのは、男がそれなりに年齢を経ている証拠だ。
            爛々と光る目。
            ショットバーで、クラウドにちょっかいを出していた吸血鬼が、下卑た笑い声を上げながら、
            そこに立っていた。









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